ページの先頭です

植物を食べる昆虫類はなぜ種数が多いのか?                                          ~植食性昆虫の多様化機構の一端を解明~

[2012年7月13日]

植食性昆虫の多様化機構の一端を解明しました~生命環境科学研究科 大島助教~

                                                  2012713

  地球上に現存する多様な生物は,約40億年前に生じた1種類の祖先が長い年月をかけて突然変異を繰り返し,進化してきたと考えられています.その中でも,植物を餌とする昆虫類の種数は特に多く,名前が付けられている生物種の1/4以上にものぼります.餌とする植物への適応が昆虫の多様化を促進したと考えられていますが,そのメカニズムはほとんど分かっていません.

  植物を食べる昆虫には,同じ1つの種類でありながら,異なる餌植物を利用するホストレースと呼ばれる種内集団の存在が知られています.ホストレースどうしは,利用できる植物種に関しては明瞭な違いが見られますが,野外では同じところに生息しています.もちろん同じ種類の昆虫ですから交雑も可能なのですが,ではどうして餌植物の違いが野外で維持されているのでしょうか? ここに植物を食べる昆虫類が多様化したヒントが隠れていそうです.

   京都府立大学の大島助教は,クルミホソガという小さな蛾の仲間をモデル生物として,ホストレースどうしが交雑して遺伝子が混ざり合っても,餌植物を決めている遺伝子はもとに戻る仕組みを発見しました.また,雑種世代が親の食べていた餌を食べられなくなることも発見しました.

   この結果は、餌植物が異なるだけで生殖隔離が生じることを意味しており,餌とする植物を変えるような進化が,昆虫の種分化,そして多様化の原動力になった可能性を示しています.

   この研究成果は,日本時間712日の18:00(英国時間712日の10:00)に英国の科学雑誌Scientific Reportsに発表されます.

【背景】

 生き物を観察していると,形態的には同じ種類とされているまとまりの中にも,少しずつ形質の異なる種内集団があることに気づきます.こうした種内集団のうち,例えば餌や生息環境のような生態的な適応のみが異なる種内集団のことをエコタイプ ecotype と呼んでいます.異なる場所で異なるエコタイプが見られることもありますが,複数のエコタイプが同所的に生息している例もよくみられます.通常,異なるエコタイプどうしを実験室内で掛け合わせると容易に雑種が得られるため,エコタイプ間にみられる差異が野外で交雑が起きているような条件下でどのようにして維持されているのかは大きな謎でした.今回の研究では,餌として利用している植物種(寄主植物)のみが異なる植食性昆虫のエコタイプ,ホストレース host race を材料にこうした問題を考えるとともに,植食性昆虫の種分化と多様化の謎に迫っています.

【概要】

今回の研究では,クルミホソガ Acrocercops transecta というホソガ科に属する小さな蛾を材料にしています(図1).この種類は,その名の通り幼虫がクルミ科の植物を食べるホストレース(クルミレース)と,クルミ科とは系統的に遠くはなれたツツジ科のネジキを寄主とするホストレース(ネジキレース)からなります.両ホストレースは形態的には区別できず,野外でも広く同所的に生息しています.また,遺伝子解析から実際に野外で交雑が生じていることが確認されています.しかし,野外から採集してきたクルミレースのメスは,クルミ科植物にしか卵を産もうとせず,ネジキレースのメスもネジキにしか産卵しません.野外で交雑が生じているのに,どうしてこのような違いがホストレース間で維持されているのでしょうか? 2つのホストレースが1つに混ざり合ってしまうことはないのでしょうか? 

 この謎を解くヒントは,幼虫の寄主植物に対する耐性と,メス成虫の産卵選好性の遺伝様式にありました.

 

画像

 植物は昆虫に食べられないよう様々な防御物質を蓄えていますので,昆虫側は、自身が耐性を持つ防御物質を含む植物種しか餌として利用することができません.そして,産卵をするメス成虫も,幼虫が耐性を持っている植物種を正確に選ばないことには,子孫を残せません.このように,幼虫の耐性とメス成虫の産卵選好性がうまくセットで機能しないことには植物を餌とすることはできません.よって,寄主植物が異なる昆虫どうしが交雑してしまうと,次世代に不都合が生じそうです.

 そこで,クルミホソガのクルミレースとネジキレースを交配させたところ,雑種個体は,発生上は問題なく成長できるのですが,ネジキを餌として与えた場合は例外無く幼虫の段階で死亡しました.一方,クルミ科植物を与えた場合は正常に成虫まで成育できました.つまり,雑種第一世代 (F1世代) はクルミしか食べられないことが判明しました.

 では,クルミを食べて成長したF1世代が成虫になったとき,この雌個体はクルミとネジキのどちらに産卵するのでしょうか? クルミを食べて育ったので,クルミに産卵しそうにも思えますが,面白いことにF1世代のメスはネジキに産卵することを好みました.また,以上の結果は,クルミレースをメス親にして作ったF1世代でも,ネジキレースをメス親にした場合でも変わりませんでした.

 このように,F1世代ではどちらか一方の親の形質のみが現れることがあり,F1世代で現れる形質のことを優性形質といいます.今回の例では,幼虫の耐性はクルミ食が優性,メス成虫の産卵選好性はネジキ選好が優性となります.F1世代を,もとのクルミレースやネジキレースと再び交雑させたものを戻し交雑世代,F1世代どうしを掛け合わせたものをF2世代と呼びますが,これらの世代における結果も,幼虫の耐性はクルミ食が優性,メス成虫の産卵選好性はネジキ選好が優性となることを支持しました.また,「クルミしか食べられないがネジキにしか産卵しない」個体が現れるということは,幼虫の耐性とメス成虫の産卵選好性がそれぞれ異なる遺伝基盤に支配されていることを明瞭に示しています.

画像2

 以上からクルミホソガのクルミレースとネジキレースが交雑した場合を考えると,面白いことに気づきます.まず,F1世代の幼虫はネジキ上では生存できませんので,ネジキにしか卵を産もうしないネジキレースがメス親の組み合わせからは子孫が得られません(図2a).一方,クルミレースがメス親となる交雑からは,F1世代が得られますが,羽化したF1世代のメスはネジキにしか卵を産もうとしません.仮に,F1世代の雄がクルミレースのメスと交配しても,そのまた子孫(戻し交雑世代)のメスも,ネジキを選好する遺伝子を持っている限り,クルミ側には卵を残さないでしょう.また,雑種第一世代のメスや戻し交雑世代のメスがネジキ上に産卵した卵も,幼虫はクルミ食が優性となるため大部分が死亡します.(図2b).

 つまり,幼虫の耐性とメス成虫の産卵選好性の優性形質が逆になっていることで,交雑が生じても,流入してきた遺伝子がまた排出され,ホストレース間に見られる寄主適応の違いが維持され続けると考えられます.それと同時に,遺伝子流入が生じても,後代での死亡率が高くなるため,この遺伝様式はホストレース間の生殖隔離にも寄与していると考えられます.

 近年の研究から,植食性昆虫における幼虫の耐性とメス成虫の産卵選好性は,研究されたほとんどの種で別々の遺伝基盤を持つことが示されています.ということは,クルミホソガの例のように,幼虫と成虫の形質間で優性の方向の相違のような遺伝様式の違いが見られる可能性が高いと予想できます.そして,それらがホストレース間の違いを維持するとともに,生殖隔離機構として働き,植食性昆虫の多様化に寄与した可能性が考えられます.

 これまで紹介してきたように,植食性昆虫における寄主適応の遺伝基盤は非常に興味深い研究テーマですが,まだほとんど解明されていないのが現状です.その理由の1 つは,温帯域に分布する植食性昆虫の多くが年1化性(1年で1回しか世代が回らない)のため,遺伝学的な研究に不向きであったためです.そこで今回の研究は,年多化性のクルミホソガをモデルとした実験系を立ち上げるところから始まっています.

 幸い日本の昆虫相は豊かですので,研究テーマに応じて,今後も適切なモデル系を野外から見つけ出すことが期待されます.また,昆虫に限らず生物の進化では,複数の形質が進化して初めて新たな環境に適応できる例が多く見られます.ということは,他の生物でも今回のような事例がさらに発見されるかもしれません.京都府立大学では,昆虫という研究材料を通じて生命と環境の関わり合いをさらに探って行くことを目指しています.

【研究担当者】

大島一正  京都府立大学大学院生命環境科学研究科 助教

【発表論文】

タイトル:Genetic mechanisms preventing the fusion of ecotypes even in the face of gene flow

著者:Issei Ohshima    

掲載:英国科学誌 Scientific Reports に英国時間7月12日10時付け(日本時間7月12日18時)に掲載予定.

連絡・問い合わせ先:京都府立大学大学院生命環境科学研究科助教 大島一正 075-703-5618   issei@kpu.ac.jp


植物を食べる昆虫類はなぜ種数が多いのか?                                          ~植食性昆虫の多様化機構の一端を解明~への別ルート

ページの先頭へ戻る

Copyright (C) Kyoto Prefectural University All Rights Reserved.