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入学式 式辞

[2018年4月25日]

入学式 式辞

新世代への期待を胸に、新生活へ!

~2018(平成30)年度 入学式 式辞~

 新入生のみなさん、入学おめでとうございます。教職員一同心から歓迎します。また、京都府の山内副知事様、村田府議会議長様はじめ、公私とも御多忙のところ、ご臨席賜りました多数のご来賓の皆様に、厚く御礼申し上げます。

新入生のみなさんは、すでにクラブ勧誘等在学生の熱い歓迎を受けたことと思います。例年より早い本格的な春の訪れの中でスタートした大学・大学院生活ですが、みなさんの可能性のつぼみも大きく花開いていることと思います。みなさんを待ち受ける様々な試練に、失敗を恐れず、果敢に挑戦していってください。 

大学での学修

大学は、いうまでもなく、学びの場、知的探求の場です。学部入学生のみなさんは、すでに12年間の学校教育などを通して、学習を積み重ねてきたわけですが、大学での学びは、その内容もスタイルも、高等学校までとは大きく異なります。わかりやすいところでは、授業科目を、学科ごとの体系にそってひとり一人が選ぶ、つまり、ひとり一人時間割が違うということがあります。教科書も大学での授業のために編集されたものもありますが、様々な専門書が使われ、中には決まった教科書がなく、種々の資料を駆使して行われる講義もあります。みなさんひとり一人が、自分自身の関心や目的に沿って、学習の計画をしっかり持つことが求められます。

研究の世界へ

大学院に入学された皆さんは、学士課程での学びを発展させて、それぞれの研究的関心を高め、知の世界により深く分け入る道を歩むことになります。現代社会の複雑な構図の中に、自らの立ち位置、座標軸を定め、それぞれの分野における課題に迫っていくことが期待されています。

京都府立大学ならではの学びのかたち

 大学で学ぶことの目的は、大別して、教養を深め、人間として生きることを学んでいくことと、新たな知識・技能を習得して、専門性を身につけ、社会の中で一定の役割を担っていくこととの、二つを考えることができます。

 この、大学における学修の二つの柱に関わって、京都府立大学は、その教育・研究に、独自の特色を持っています。

 ひとつは、京都府立医科大学、京都工芸繊維大学と共同で行われている教養教育です。科目選択の幅が広い、ユニークな視点で科目が設定されている、個性の異なる大学の学生の交わりが可能など、下鴨キャンパス、北山文化環境ゾーンを舞台に新しい学びのかたちが実現しています。大学院生となるみなさんも、「もう、教養は卒業」ではなく、高度な専門の世界に進むこの機会だからこそ、感じとることのできる教養の価値を、あらためてとらえていただくことがあっていいと思います。

 もう一つは、少人数による密度の濃い授業、京都府全域をフィールドとした体験型学習といった教養・専門、いずれにも共通するアクティブな学修のスタイルです。京都学、リベラルアーツ・ゼミナール、キャリア育成、グローカル、和食の文化と科学などの特長のある科目群、プログラムも用意されています。

 グローバル化が進み、多様な文化に触れる機会が飛躍的に増えた今日、自分自身の生き方、ライフスタイルを創造していくという、難しくはあっても、とても魅力にあふれた学びの世界がみなさんを待っています。

 歴史文化都市と言われる、この京都で学ぶ貴重な機会をフルに生かして、次の時代を担う新しい世代として、みなさんが成長されていくことを心から願っています。

世界の中の自分

もちろん、学生生活は、授業を中心とした学修に尽きるものではありません。学生であると同時に、社会の一員として、多様な人々との交流の中で、アイデンティティ、すなわち自分という固有の存在の内実を豊かに育んでいくことも大事な課題です。時には、世界と自分についての思索を深める静かな時間を持つことも、心がけていただければと思います。

ところで、みなさんは、どんな時に、“自分”という存在を意識するでしょうか?「私というもの」への気づきについて、こんなエピソードがあります。『ミラノ 霧の風景』という作品[1]で、1991年に女流文学賞を受賞した須賀敦子が、インタビューで語った子ども時代の思い出です。

 「小学校5年生の時、何かを考えていて、ふと私というものがいる、ということにとても感動したのです。私が何かを言うときは、ただ何か言うのとちがう。とても不思議だなーという気がした。私というものがいるってことは、すごいぞーと思った。それで友だちに、私がいるからしゃべるのよ、と言ったら、なにをばかなことを言ってるの、と呆れられて、おとなにも、そんなこと考える間があったら勉強しなさいと叱られた」というものです[2]

 須賀の言う「私というもの」とは、いったい何を意味しているのでしょうか。

それは、しゃべっている自分を、もうひとりの自分が見ているという関係・状況ととらえることができます。ルソーが著書『エミール』[3]で「第2の誕生」と表現、心理学的には、自己の対象化、他者の視点の獲得、思春期における自我の目覚めなどと言われることもあります。須賀は、それを「不思議な気持ち」と感じたわけで、小学校5年生という思春期としては少し早い時期に、自己を見つめる鋭い感性を育んでいたと言えます。

 18歳を過ぎ、大人の仲間入りを果たしつつあるみなさんは、自分を見つめるもう一人の自分を確立しつつあると思いますが、大学で学ぶこと、更にそのあとに続く生涯にわたる学びにおいては、自覚的、意識的な構え・姿勢が、一層重要になってきます。受け身ではなく、学習の主体、自己教育の主体となっていくことを目指していきましょう。

日常生活に潜む危険に注意

 ここでひとつ、みなさんにぜひ心掛けておいてほしいことがあります。2年あまり前、本学で急性アルコール中毒による死亡事故が発生しています。絶対にあってはならない悲しい出来事で、本学構成員一同、安全・安心な学生生活を守るという思いを一層強くし、様々な取組を進めています。みなさんも生活の中に潜む様々な危険について認識を深めていくようにしてください。

京都府立大学の使命
次に、京都府立大学の社会的使命について、お話したいと思います。

本学では、大学の目的・あり方の基本を成文化した「理念」とそれに基づく「行動憲章」を2008年(平成20年)に定めています。これらは、ガイダンスで配布された「学生便覧」、あるいは大学ホームページなどに掲載されていますので、詳細はそちらを是非一読いただきたいと思いますが、「理念」では、「京都府立大学は、京都府における知の拠点として、広く人文・社会・自然の諸分野にわたる真理を探究し、教育するとともに、その成果を健康と福祉の向上、産業の振興、文化の継承発展、国際社会の調和ある発展に活かすことを目的とする」と定めています。また、「行動憲章」の前文では、「長い文化的伝統を持つ京都の地において、本学が百十余年にわたって府民に支えられつつ学問の府として活動してきた歴史」に触れ、「地域社会の発展と府民生活の向上、さらには人類の幸福に貢献します」と謳っています。みなさんの学びは、みなさん一人だけのものではなく、多くの府民に支えられた、地域社会にとっての宝でもある、ということを是非心に留めておいていただきたいと思います。

みなさんには、このような公立大学ならではの恵まれた条件を活かして、地域に学び、地域とともに成長していく、アクティブな大学生活を送ってほしいと思います。

結びに、新入生のみなさんへの心からの歓迎と、共に未来を創る熱い思いを添えて、ご列席のみな様のご健勝と益々のご発展をお祈りし、式辞といたします。

                                                        2018(平成30)年 4月6日

                                                        京都府立大学 学長

                                                        築山 崇


[1] 大竹昭子『須賀敦子の旅路』(文春文庫)2018文芸春秋社 所収

(インタビューの初出誌は「LITERARY Switch No.5」1992 スイッチ・コーポレーション刊)

[2] 須賀敦子『須賀敦子全集 第1巻』(河出文庫) 2006 河出書房新社 所収

[3] ルソー 『エミール 中』(岩波文庫) 1963 岩波書店

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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