ページの先頭です

【学長メッセージ】~2017年度 学士・修士 学位授与式 式辞~

[2018年3月28日]

生きることと学ぶこととを深く結んで

                           平成30年3月23日 京都府立大学 学長  築山 崇

 

 本日、学士の学位を得た430名の学部卒業生の皆さん、修士の学位を得た91名の大学院修士課程修了生の皆さん、卒業・修了おめでとうございます。
 山田京都府知事様、村田京都府議会議長様はじめ御来賓の皆様、本学同窓会の三原副会長ならびに本学後援会の弓削理事長、そして列席の法人理事長・事務総長、副学長、部局長、名誉教授とともに、心からお祝いいたします。あわせてご家族あるいは関係者の皆様にも、心からお慶びを申し上げます。

 さて、卒業生、修了生のみなさん、厳しい寒さが続いた今年の冬ですが、もう、すぐそこに新しい春が、新しい人生のステージが、みなさんを待っています。いま、社会は、危機と新たな可能性の二つのキーワードで語られています。国内では、人口減少が社会の制度や生活に及ぼす影響が、世界では、グローバル化が生み出す経済摩擦や地域格差といった問題が危機的状況として語られ、一方、AI、IoTの進化といった情報技術の飛躍的な進展による「第4次産業革命」、快適に暮らすことのできる新たな社会像としての「ソサイエティ5.0」など、魅力的な未来イメージが提起されている状況があります。避けがたい困難と新たな可能性との対比が、鮮やかに描かれていると言ってもいいでしょう。

 みなさんは、この困難と可能性の狭間にこれからの人生を切り拓いていくことになります。大学での勉学・研究で、あるいは学生生活における様々な経験で培った力を信頼して、どうか、大いなる希望と期待をもって、新しい人生の扉を開いてほしいと思います。待ち構える困難を乗り越え、危機と表裏一体にある可能性の実現に向けて、若い、新しい力で、立ち向かっていってください。社会は、新しいひとを受け入れることによって、そのかたちを変える確かな可能性を得ることができます。様々な要素・力が複雑に絡み合った現代の社会は、小さくても新しい力がその一角に働くことによって、全体のかたちを大きく変える可能性をすら持っているということもできます。

 このような社会で、みなさんが大学で学んだ成果は、どのように生かすことができるでしょうか。単に学歴や資格の取得、就職・進学の機会を得たということだけでなく、みなさんひとり一人が、今日まで、何を生み出し、どのような体験を経て、困難の中でも状況を切り拓いてきたのか、今からお話しすることが、ふりかえりの手がかりになればと思います。

 私は、この大学で「生涯学習論」という講義を長年担当していましたが、その講義の最初に、「生きるということは、人間にとって、万人にとって、常に挑戦の連続を意味するものだった」ということばを、いつも紹介していました。これは、ユネスコの成人教育部長を務めたP.ラングランのことば(1970)ですが、ここで言う「挑戦」とは、「老衰や疾病、親愛なる人の喪失、人との出会い、とりわけ男女の出会い、生涯の伴侶の選択、あい続く諸世代を巻き込まずにはおかなかった戦争や革命、誕生する子ども、生命の神秘や宇宙の謎、この世の生の意味、有限な存在の無限なるものとの関係、見つけねばならぬ職業や金銭、払わねばならない税金、競争、宗教的および政治的な掛かり合い、(政治的、社会的、経済的な)隷属と自由、夢と現実、等々」と例示されています。そして、急激に変化する社会において、これらの挑戦を成功に導く鍵が、生涯教育・学習の体系、実践にあると、ラングランは考えました。

 ラングランが挙げた挑戦は、具体的な生活にかかわる現実的課題にとどまらず、偶然の要素や運命的・宿命的なもの、人間の存在に関する哲学的な問いなど、多様な内容を含んでいます。ラングランの提起から半世紀。生涯教育・学習は、教育・学習がもつ、創造と適応、解放と抑圧という対照的な論点をめぐる議論を経て、今日では、新たな職業能力の開発や生活スタイルの創造といった、変化する社会を生き抜く力の涵養という方向を強めているように見えます。

 講義では、そのような流れとあわせて、ラングランの言う「挑戦」にも見られる哲学的な問いに関心を寄せていました。それは、生きることの“意味”ということです。ここでの生きることの意味とは、社会的な役割といった、人生の客観的・普遍的な意義ではなく、「私」というひとりの人間が心の内に見出す主観的なもの。他の誰でもない、私だけにとって大切だと思える、生きていることの証とでも表現できるものです。

 私自身の人生における転換、その体験などをお話しすることで、この問いへの答えを探っていました。あるとき、ひとりの受講生が、「先生のこだわりは、フランクルの著作の内容に近いように思う」という感想を寄せてくれました。『強制収容所における一心理学者の体験』という原題の、邦訳では『夜と霧』という著書で有名なあのV.E.フランクルです。

 フランクルは、「私が人生に意味を問う」のではなく、「人生が、私に意味を問うている」と表現し、私たちは、人生から「問われている存在」だと言います。人生という自分の外の世界に意味を求めていくのではなく、人生からの「問い」にどのように答えていくかという自分自身の在り方が、意味のある人生を実現することにつながるというのです。
 フランクルはまた、人生が出す問いは、瞬間瞬間、その人その人によって、まったくちがったものであるので、「一般的に人生と(いうもの)の意味(というもの)を問題にするなどいうこと」は、「とんちんかんなこと」と述べています。つまり、生きる意味は、ひとり一人にとって絶対的にユニークなものであるということですから、私のこだわりについての、先の受講生の指摘は実に的を射たものであったのです。

 このように、ラングランの生涯教育論・学習論と、フランクルの意味論とをあわせ読んでみると、生きることと学ぶこととをより深く結びつけて考えることができるように思います。学ぶことは、職業や社会での活動に必要な知識や技能を獲得することに尽きるのではなく、その根底で、私たちひとり一人がいかに生きるかという問い、生きることの意味の探究と結びついているものなのです。

 みなさんは、すでに大学生活の中で、様々な出会いの場で、自らを問い返しながら学ぶことで、その時々に生きる意味を見出し、積み重ねてきているのです。これからも、様々な活動、体験を通して学び続けることで、生きる意味の手触りを感じつつ、多様な関係を結んでいく、そんな生き方を実現していってほしいと思います。

京都府立大学は、府民・地域によって支えられ、ともに歩む研究・教育、学びの場として、創立120年を越え、これからも新たな歴史を重ねていきます。卒業生のみなさんのこれからの人生の歩みも、本学の更なる発展と共にあることを願っています。
結びに、あらためて、本日ご列席のみなさまのご健勝とご活躍を祈念して、式辞と致します。


【学長メッセージ】~2017年度 学士・修士 学位授与式 式辞~への別ルート

ページの先頭へ戻る

Copyright (C) Kyoto Prefectural University All Rights Reserved.